挑み続けること。 <br>それが頂点への唯一の道。
華やかなピットだ。
並んで座っている3人のライダーは、いずれも劣らぬ実力の持ち主。全日本ロードで連勝続きの中須賀克行、現役MotoGPライダーのポル・エスパルガロ、そして現役スーパーバイク世界選手権ライダーのアレックス・ローズである。
「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」のライダーとして鈴鹿8耐を共に戦う彼らの間には、いつも笑顔がある。特にエスパルガロはムードメーカーとして常にジョークを飛ばし、ピットの空気を輝かせている。ベテランの風格と余裕を漂わせる中須賀、そしていかにも真面目にレースに取り組んでいるローズも、エスパルガロには笑わされてばかりだ。
だが、そのエスパルガロがたびたび口にしたのは、「プレッシャー」という言葉だった。それは、去年の覇者であるからこそ、彼らの肩にずっしりとのしかかっている「重し」だ。
「去年は鈴鹿8耐のこともよく知らなかったし、すべてが僕にとって初めての経験だった。だから何も考えずにただ思いっ切り走ればよかったんだ」とエスパルガロ。
「でも今年は違う。プレッシャーがあるんだ。鈴鹿8耐がいかに素晴らしいビッグレースか、僕はもう、知ってしまったからね」
鈴鹿8耐に勝利した去年、MotoGPのパドックに戻ったエスパルガロは、あまりに数多くのライダーや関係者に祝福され、「こんなにも愛されているレースだったのか……!」と、すっかり驚いてしまった。そうやって鈴鹿8耐の優勝トロフィーの重みを知ってしまったからこそ、再びそれを手にすることへの畏れを感じている。
「去年の経験をステップにできることは、僕たちにとって間違いなくアドバンテージだ。でも、同じこと──つまり優勝──を繰り返さなければならないのは、とても大きなプレッシャーだよ」
鈴鹿8耐は、その名が示す通り耐久レースだが、世界的にも類を見ないほどのハイペースで展開することで、「スプリント耐久」とも称されている。各ライダーはどの局面でも息を抜くことができず、常に全力の走りが求められる。それゆえに鈴鹿8耐は、酷暑の中で8時間の長丁場を走りながらも、わずかなミスやトラブルが勝敗を分けるという、極めてシビアなレースとなっている。
エスパルガロは、去年、初参戦の鈴鹿8耐で優勝を遂げた。2輪レースの世界最高峰、MotoGPライダーにふさわしいスマートかつイージーな勝利に見えるが、8時間の戦いの中で彼が感じ取ったのは、むしろ、鈴鹿8耐の難しさだった。
「去年だって、何もなかったわけじゃない。30秒のピットストップ──これは僕が黄旗無視をしたことによるペナルティだったけど──とかね。何かひとつでも欠けたり、うまくいかなかったら、鈴鹿8耐に勝つことができない。今年はそのことを知ったうえでのチャレンジになる。本当にプレッシャーを感じてるんだ」
チャレンジ──。同じ言葉を、中須賀も多用した。
「去年勝った僕たちは、今年、連覇を懸けて戦うことになります。でも、まっさらのチャレンジャーだった去年と比べて、心境の変化はまったくない。去年の勝利にあぐらをかくつもりはまったくないんです。勝利を得るためには、いつだってチャレンジャーでなければならない」
中須賀は、誰よりも連覇することの難しさを知っている男だ。2008年、2009年と全日本ロードJSB1000でチャンピオンを獲得した中須賀は、2010年、先輩である平忠彦、藤原儀彦に並ぶ3連覇を懸けて戦っていた。
しかし最終戦・鈴鹿大会で、ポイント獲得より勝つことを選んで攻めに攻めた彼は、同大会で行われた2レースのうち1レースで転倒。3連覇を逃してしまった。
当時は「ひとつひとつの勝利にこだわるのが自分のスタイル」と語っていた中須賀だが、徐々に逃したものの大きさに気付く。そして、チャンピオンを獲ることにこそより大きな意味があることを身を以て体験した彼は、よりいっそうの強さを身に付けるのだ。
速さ、そして強さ。それらが、'12〜'15年、全日本ロードJSB1000での4連覇という前人未到の大記録につながった。しかも5連覇を懸けている今シーズンは、昨年からの通算で10連続ポール・トゥ・ウインを成し遂げているのだ(第5戦SUGO大会終了時点)。
王座に就き続けることの難しさ、そして、王座に就き続けるための方法を誰よりも知る中須賀。彼は鈴鹿8耐においても、まったく気を抜いていない。
「去年だって、正直、僕たちは他のチームよりまさっていたわけじゃないと思う。でも、チャレンジし続けることで、レース中にいくつも起こったハプニングを味方にすることができました。今年も、やることは同じ。守りに入るつもりはありません。ヤマハファクトリーとしてやるべきことはただひとつ。挑戦することです」
そして中須賀は、チームメイトとの良好な関係を強調する。これも鈴鹿8耐に勝つために欠かすことのできない要素だ。
「ポル(エスパルガロ)は、いつもチームの雰囲気を明るくしてくれる。言うまでもありませんが、現役MotoGPライダーとして素晴らしい速さも持っています。例え僕のスティントでうまくいなくても、彼なら必ずフォローしてくれるという安心感があります。アレックス(ローズ)は、去年は手強いライバルでしたからね(笑)。僕に悔しい思いをさせた彼が仲間になってくれるのは、とても心強い」
今年からYAMAHA FACTORY RACING TEAMの一員となったローズは、鈴鹿8耐初参戦の去年、ヨシムラの第1ライダーとして決勝に臨み、レース序盤をリードした。燃費を念頭にペース配分していた中須賀は、ずっとローズの背中を見ながら走っていたのだ。
「中須賀サン、そしてポルと走れることは、僕にとって光栄だよ!」とローズは喜びを隠さない。「イギリスでは数多くのバイクレースがテレビで放映されていて、もちろん鈴鹿8耐も非常にメジャー。レースに出られること自体がエキサイティングなのに、最高のチームの一員として戦えるのは、本当にうれしい」
ただ、ローズも参戦することだけに意義を感じているわけではないし、青いピットシャツに袖を通すことだけで満足しているわけでもない。
「シンプルに、勝ちたいと思ってる。そしてもちろん、鈴鹿8耐がとても難しいレースだということも分かってる。とにかく、自分たちがやるべきことをやるしかない。今はそのことに集中してるよ」
中須賀もこれに同意する。
「3人で力を合わせて、やれるだけのことをやる。結果は後からついてくるものだと思っています」
鈴鹿8耐という高く厚い壁。「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」は去年、これを乗り越え、王座を奪った。今、再びその壁を前にして、彼らは大きなプレッシャーを感じている。そして、そのプレッシャーすらも味方につけながら、彼らは壁に手をかけ、足をかけ、じわりじわりと頂点をめざしている。地道に、真摯に挑戦することしか道はないことを、彼らは知っている。
そしてまた、彼らは困難なレースを楽しんでもいるのだ。彼らの「レースする喜び」は、ポールポジションについて語り合う時、顕著に表れる。
「去年のポルは、トップ10トライアル(スターティンググリッドを決めるタイムアタック)で本当に速かった。僕は彼の驚異的なタイムを知りながら、『絶対に転んじゃいけない』という緊張感の中、彼と同じぐらいのタイムを出すことができた。自分にとって、一皮剥けたシーンだったと思います。でも……。今年は彼に任せますよ」と中須賀が笑えば、エスパルガロは「ノーノー、中須賀サンには敵わないよ!」と言い返す。ローズも「3人のうちの誰かが獲ってくれれば、チームとしてはハッピーさ」とクールに笑う。
いずれにしても彼らは、自分たちが今年も最速であることを強く意識している。そしてエスパルガロが、こう言った。
「チームの誰かがポールポジションを獲れればそれに越したことはないけど、僕たちの本当の目的はそこじゃない。コンスタントに決勝を走り抜いて、また表彰台のてっぺんからの素晴らしい景色を分かち合うことなんだ」
速くなければ、鈴鹿8耐に勝つことはできない。しかし速いからといって、必ず勝てるわけでもない。最速でありながら、決しておごることなく挑み続ける彼ら。その目の前で、頂点への扉が開こうとしている。