吉川和多留監督、「チームを一つにまとめ、自らを超える。」
2025年、ヤマハ・ファクトリー・チームは6年ぶりに鈴鹿8耐へ復帰し、限られた準備期間の中で優勝勝争いを演じた。しかしチーム内部ではあれが本当の実力だったとは誰も思ってはいなかった。2026年、チームが目指すのは昨年の経験を土台に、チーム全体を進化させ優勝を取り戻すことにある。
「8耐を知っている人間からすると、昨年は時間が足りず、準備期間は決して十分ではありませんでした。何とか形になったという感覚。だからというわけではありませんが、いつものように鈴鹿8耐が終わった直後に反省会を行ったんです。振り返りは絶対必要なんでね」と話すは、YAMAHA FACTORY RACING TEAMを率いる吉川和多留監督だ。
そこで議論されたのはマシン性能だけではない。勝利に対して何が足りなかったのか、どうすればもっと良くなるのかを、ピットワーク、レース戦略、スタッフ、ライダー、さらに飲み物、おしぼり、昼食といった細かい部分も含め、あらゆる項目を洗い出して振り返りを行った。そこで比較対象となったのは昨年の優勝チームである。「セーフティカーのタイミングも含めて、こちらに流れが来た部分はあったので、本当の実力だけであの位置にいたとは思っていません。ライバルは二人で走っていたにもかかわらず、私たちの動きを見ながら、コントロールしているような感じだったんで、完全に主導権を握られていたと思います」
さらに、「去年より速くなることはもちろん大事。でも、それだけじゃ勝てないんですよ8耐は。勝つためにはライダーが頑張って、マシンが速ければいいわけじゃない。ピットワークも決して十分じゃなかったし、全員が少しずつ改善して、その積み重ねが最終的なタイムになる。だからある意味2026年の戦いは反省会の時に始まっていたんだと思います。もちろんその時点では2026年のことは決まってなくて、みんな半信半疑ではあるけど、来年もやるんだと、気持ちとしてはみんな一年で終わるつもりではなかったんです」と、いつもは優しい吉川監督も、この時ばかりは、少し語気を強めた。みんなの悔しさを知っているからだ。
2026年に向けては、ライダーの選考についても熟考が重ねられた。「ヤマハにはMotoGPやスーパーバイクにたくさんのライダーがいるんでいろんな案は出てきました。ビエルゲ(チャビ)の可能性もあったし、トプラック(ラズガットリオグル)もR1でチャンピオンを取ってて速いのは確かだけど、背丈、手足の長さを見るとポジションも違う。ただ、チームを率いる立場としては、やっぱり同じバイクを3人が速く走らせてなんぼなんで経験が非常に大きいし、昨年が終わってすぐにジャック(ミラー)は"来年は絶対リベンジだ"と、ロカ(アンドレア)も出たいって言ってくれたし、こっちからするとそのテンションだったり、本気で向き合ってくれることがわかっているのが大切なんです」。さらに今年はぶっつけでレースウィークに入ることもあり、「同じライダーで行きたい」と逆指名して決定した。
吉川監督たちが彼らを逆指名したのは実力や経験値だけでない。「協調性」も大きかった。確かに昨年の二人は自らテスト項目を引き受け、スタッフを気遣い、ライダー同士で積極的に意見交換する姿をみせている。「昔のGPライダーは"俺が、俺が"というタイプが多かったけど、2015年以降のポル(エスパルガロ)、ブラッドリー(スミス)、アレックス(ローズ)、マイケル(ファン・デル・マーク)もそうでしたが、できることできないことがあってそれらを全部受け入れ、その中で"自分たちには何できるか"を考えてくれた。ジャックなんかは普段はM1に乗っていて、R1に乗るともう全然世界が変わって何やっても平気な感じだろうし、ロカも同じカテゴリーで戦ってるライダーが出てくるわけで、ジョナサン(レイ)には負けるわけにもいかない。それを自分なりにコントロールして、バランス取ってベストを尽くしてくれる。本当にありがたいですよね」
それでも、「彼らも2年連続で大体の想像ができてるから、バージョンアップを期待してるけど、ライダーって生もんだから、MotoGPのM1もスーパーバイクのR1もどんどん変わって、彼らの感覚も変わっているはずなので、その変化がいい方向に出ればいいなと思っています」
そしてもう一人が中須賀克行選手だ。2003年、その才能を見抜き、第3ライダーに中須賀選手を推したのが吉川監督であり、以来、長くそばに寄り添って成長を支えてきた愛弟子をチームの中心に据えた。「2003〜2005年、中須賀が第3ライダーの時、初のヤマハトップチームでいろんなプレッシャーが乗っかるんだけど、"最悪転んでも俺がなんとかするから、できるだけ行ってこい"って言ったらちゃんとタイムを出してきた。ヤマハと契約した2006年からは自分の立場を理解して、いろいろ背負ってエースの意識と風格を持ってどんどん変わっていきました」
こうした変化の過程で衝撃的だったことがあるという。「自分たちの時代の感覚でいくと、もっとこうしろ、あれできないのかとか、やっぱり厳しく言っちゃうじゃないですか。でも、当時の中須賀は、"褒められて伸びるタイプなんで、もっと褒めてくださいって"言うわけです。まだ、褒められるような状況じゃない頃で、今の子ってそんなこと言うのみたいな感じだったけど、そこで、"俺はこいつの親になろう"と思ったんです。指導方法とかの本も一通り読んで、中須賀には何が効くのかを一生懸命考えて、心を読んでいろんな方向から先回りしてその気にさせていく...」
そうして共に苦労して歩んできたからこそ、吉川監督は中須賀選手に全幅の信頼を置いている。「2015年の時もまだちゃんとデータが取れてなかったんですよ、特に燃費は。だから中須賀には最初のスティントで、トップ出ないでいいし、スリップもフル活用してとにかく燃費を稼いでくれみたいなこともお願いして、もう中須賀頼みみたいな感じだったところを、想像を超えてうまくやってくれ、それでレースを掌握しました。ただ当時はR1も新型になったばかりでちょっと余裕があってなんとかなった。でも今年は引退するということで変なプレッシャーもあって自分のコントロールもなかなか難しくなってると思います。年齢を考えたらよくやってるし、中須賀も人間なんで弱音を言う時もあるけど、最後だからじゃなくていつも通りやって、怪我なく力がちゃんと出せるように決勝へ持っていってあげたい」と、まさに親心を覗かせた。
そして決勝の話に移る。「ライバルへのプレッシャーのかけ方が重要です。具体的には"ワンミスで抜ける位置"にいること。耐久レースのトップは、後方との差が開くほど精神的余裕が生まれます。逆に背後につけていれば、相当なプレッシャーがかかる。ピット作業も同じで、"一つミスしたら抜かれる"となれば全員が緊張するんです」
だから逃げる戦いは想定していない。ライバルの後ろでプレッシャーを与え続け、勝負どころで仕掛けられる状況を作る。そして「2025年の我々をしっかり超えて結果を出す。ファンの皆さんにはワクワクしてもらえるレースにしたいと思ってますので楽しみにしていてください」と締め括った吉川監督。ライダーとチームの力を引き出し、最大化させる。決勝ではその手腕で9回目の勝利を手繰り寄せるのだ。







