気負わず、自分たちのレースをするだけ。結果はあとからついてくる。
2017年、世界耐久選手権EWCの最終戦に、3つのチャンピオン候補が臨む。
Suzuki Endurance Racing Team(ランキング1位)、そこから1ポイント差につけ、過去3戦で3連勝と勢いに乗るGMT94 Yamaha Official EWC Team(GMT94)。そして、YART Yamaha Official EWC Team(YART)である。
GMT94が優勝したそのすべてにおいてトップ争いをしてきたのがYARTだが、ランキングではトップから27ポイント差の3位。数字だけを見れば戦況は決してよいとはいえない。いや、むしろ非常に難しい状況だ。しかし焦りやプレッシャーを感じている様子は、チームの中に漂っていない。
マンディ・カインツ監督は、「8耐の優勝を目指す各メーカーのトップチームも、EWCのチャンピオンをかけて戦うトップ2も、少なからずプレッシャーを感じながらのレースになるだろう。僕らはノープレッシャー。失うものもない。自分たちのレースをするだけだ」と話した。
鈴鹿8耐は、EWCのレギュラーチームと、このレースのためだけに結成されるチームに大別される。YARTは前者ではあるが、このレースにおいてはヤマハのファクトリーチームとなるため、後者でもある特殊なチームの一つである。それを考えれば、ノープレッシャーなわけがない。それでも、気合は十分に入っているが無駄な力が入っていないのは、鈴鹿8耐におけるライダー3人の役割が明確にできあがっているからだろう。
ブロック・パークス選手が口を開く。「昨年も感じたけど、僕はもうオヤジだ(笑)。だから才能ある2人にとっていいリーダーでありたいと常に思っているし、その2人が力を出せるベストな環境を作ることが大切なんだ」と、冗談を交えながら若い2人を持ち上げる。
このブロック選手の冗談を笑い飛ばすマービン・フリッツ選手、野左根航汰選手だが「ブロックからは多くを教えてもらっている。リカバーからチームの牽引まで、すべてをこなせる。どのサーキットでもどんなコンディションでも速い。これほど心強い人はいない」と、チームを作ってきたリーダーへのリスペクトを忘れない。実際、公式予選ではチーム最速をマークし、チームをTOP10 TRIALに導いている。
さらにこの言葉を受けマンディ監督が参戦する。「ブロックがチームのセッティングを決める役割を担ってきたが、彼の決めたことに異論を唱える者はいない。その理由は、彼にエゴがないこと。つまり、いつもチームにとってのベストを考えているから。だからこそ彼がリーダーなんだ!」
今年、チームに加入したマービン選手は、勉強熱心で真面目なライダーだ。
初回のテストから、チームの誰よりも長く「YZF-R1」を走らせた。「鈴鹿は初めてのコース。すばらしい反面、とても難しいコースだ。だから必死だったよ。僕が足を引っ張るわけにはいかないからね。鈴鹿では経験者2人のペースが僕よりも明らかに速かった。それはいろんな意味で、マイナスを生むからね。できる限り2人のタイムに近づき、チーム全体のペースを乱さないことが僕のミッションだ」と控えめな発言だった。
しかしマンディ監督も、パークス選手も野左根選手も、彼のことを語る際に「速い」という言葉を決して外さない。実際、8耐に向けたテストでは日に日にタイムを伸ばし、いつの間にか「2分9秒台」を連発するまでになった。「最初からまったく心配はしていなかった。むしろウィーク中にはさらに速くなるはずだ!」とチームメイトの2人は話したが、ウィークではその通り成長を遂げた。公式予選で8秒台をマークし、まさにチームメイトのタイムに近づき、確実な戦力として決勝を迎えた。
そして野左根選手は、誰よりもこのホームレースとなる鈴鹿8耐を待ち望んでいた。
これまで初めてのサーキットでは、慣れない環境、言語や文化の違いに苦労があるなか、常にチームは野左根選手を暖かく包み込んだ。だからこそ「鈴鹿は僕がみんなを助ける番」と、結果やタイムでその恩に報いることを切望していたからだ。
マンディ監督も野左根選手の気持ちをよくわかっている。「コータはこの鈴鹿でスーパースターになるんだ! きっと彼のレースになるよ」。他の2人もこれに同意する。「イケメンだしね(笑)。3戦を一緒に戦ってきたけど、常に進歩を続けてきた。鈴鹿の主役はコータなんだ。タイムもレースの展開も彼がキーを握っている」
これら言葉の端々に「期待」が込められている。「俺たちには秘密兵器がある」という、チームに自信をもたらす「期待」。これに照れながら野左根選手は「決勝はチームのために」と前置きをしながら「TOP 10トライアルは上位を狙う!」と口も滑らかになっていった。
そして自然と決勝のことが話題の中心となっていった。まずファーストスティントを担うブロックが、自身の役割について語ってくれた。「なんといっても、最初の1時間を成功させること。焦らずミスなくこなしながらも、チームの戦略を実行する上である程度のポジションを確保しなければならないからね。さすがに緊張するよ」。リーダーが最も重きをおくのが、最初の1時間である。
その後の基本戦略はマンディが引き継いだ。「3時間まではメーカーのトップチームが、ガンガンにやり合うだろう。我々はそこにいるのは簡単ではないし、それができたとして得策ではないと思っている。セカンドグループでも十分。繰り返すけど自分たちのレースをすることが一番なんだ。それに必ず中盤以降、チャンスが巡ってくるはずだから。そこでどう戦うか? それは展開次第。レースでのお楽しみさ」
これを受けてパークス選手が、フリッツ選手が、野左根選手が同じ言葉を繰り替えした。「コントロールすることができないライバルチームを気にするよりも、自分たちをコントロールすることに集中しよう」と。
野左根選手は「ライバルメーカーのトップチームはみんな速い。でも各チームのエースを務める日本人ライダーは、いつも全日本で戦っているので脅威があるわけでもない。それに、僕たちはチームでシーズンを戦ってきた。みんながチームのために一つになれることをわかっている。これがきっと本番では効いてくるはず」
このインタビュー中、具体的な成績を表す単語はほとんど出てこなかった。あえて言えば「表彰台」という言葉は出てきたが、誰からの口も「チャンピオン」という言葉は出ていない。もちろん、その難しさをわかっているからだと思うが、それ以上にチームとして「自分たちのレースをしよう」という方針が明らかであり、浸透しているからであろう。
それでも鈴鹿8耐は難しい。
マンディ監督が締めくくった。
「我々はこのシーズン、ここにいる3人が戦ってきた。速さがある。経験もある。あとは運が欲しいね」
27ポイントの差は大きい。
それでも誰一人として諦めていない。