決して妥協することなく戦い、成長を示す
鈴鹿8耐第1回大会から出場している「IWATA RACING FAMILY(IRF)」。ヤマハ発動機とそのグループ会社の従業員で構成されるチームだ。そして今年のライダーは全員、ヤマハ発動機の基幹事業の一つ、「バイク・スクーター」の開発に携わっている人財が担っている。
最年長で3回目の参戦となる遠藤晃慶選手(写真右)は車両実験部に所属。大型スポーツモデルの実験を取りまとめる実験PC(プロジェクトチーフ)という役職。最近はTRACER9の開発ライダーやYZF-R9の実験PCなどを担当していた。
今回で2回目の鈴鹿8耐となる高居京平選手(写真左)は、遠藤選手と同じ車両実験部でNMAXやトリシティ、YZF-R125など小排気量モデルの実験PCを担当していたが、昨年の鈴鹿8耐直前の5月から車両設計部に異動し現在は車体部品の設計を担当している。
そして鈴鹿8耐初出場となるチームの最年少の服部亮我選手(写真中央)は、車両実験部でモーターサイクルの強度開発が担当だ。最近では遠藤選手とともにTRACER9の開発に携わり、レースとは直接関係ないが、「お客さまに安心して乗っていただく品質を作り込むことが仕事です」と胸を張る。
鈴鹿8耐においてはよく「サラリーマンライダー」と表現されることがあるが、彼らの日常はヤマハ発動機で働くこと。鈴鹿8耐参戦してくるMotoGPや世界耐久選手権で戦うようなプロのレーシングライダーとは一線を画す存在ではある。
しかし、製品を評価し作り込む「実験」というフィールドでのプロフェッショナルライダーとして、ヤマハ発動機の従業員の中では特別な存在にある。自社製品における最高峰のスーパースポーツモデル「YZF-R1」を駆り、コーナーではマシンを寝かしつけ、立ち上がりでマシンを抑え付け、鈴鹿サーキットを2分10秒台前半で走ってしまう人間はそんなにいないからだ。
そんな彼らだからこそ、鈴鹿8耐参戦を通じて成し遂げたい目標を持っている。「過去3年間はスマートフォンゲームアプリの"アズールレーン"とのコラボレーションを続けてきて、ファンの皆さんとの接点を積み上げることができました。でも社内に目を向けると自分たちの知名度は変化に乏しいというのが実感です(遠藤)」。高居選手も「IRFという名前は知っているけれど、実際の活動がどういったものなのか社内には知られていない」と口を揃えたが、その目標とは社内におけるモータースポーツの裾野を広げつつ、鈴鹿8耐を使った社内貢献にある。
IRFに加入して3年目の服部選手は、個人で鈴鹿サンデーレースに参加していたところサーキットでIRFのメンバーと出会い、自然と一緒に動くことが増えてIRFの一員となった。当時はまだST600国内ライセンスだったが、2年目で国際ライセンスを取得し、今年から1,000ccにステップアップを果たした。いわば育ち盛りのルーキーである。
「R1の圧倒的な加速感に慣れるのが大変で、最初はストレートでアクセルを全開にするのをためらうくらいでしが、今はもう全開です!」と屈託のない笑顔で照れながら話してくれた。鈴鹿8耐参戦の打診はトライアウトの前、宇田部長から伝えられ、「全力で頑張ります!」という一言で決定したと言う。
「そこからチーム員の皆さんが納得できるライダーになろうと努力してきました。テストで行ったロングランでは、体力的な厳しさはないなと思いました。でも、経験不足のため、余裕を持って走るといざという時にタイムアップができなかったり、前を走るライダーにつられてタイムが上がってしまったりと耐久にとって大切なタイムマネージメントが上手くできない。ただ、タイムが上がることは決して悪いことではありませんし、国内外のライダーをコースの中で見ることができるので勉強になることも多く、ライダーとして成長の機会だと思っています」と課題を目に前に突きつけられながらも再び笑う。
さらに「予選タイムで先輩たちに少しでも近づけるようにがんばりたいです。本番までに鈴鹿の特別走行に参加して予選で自分のベストタイムを更新できるように練習します」と、今度は意気込んで見せた。明るく、真面目、伸びしろもあるこのルーキーは、きっとチームの重要な戦力になる、いや、すでになっていることが伝わってくる。
前置きが長くなったが、服部選手はサラリーマンライダーだからこそできることがあると目標を語った。「学生時代は0パスで、新入社員の時には研修で鈴鹿8耐を何度も観戦しました。当時はツーリングライダーで上手になりたいと思っていましたが、レースも始めていなかったので、まさかこっち側になるとは想像していませんでした。ところが今は、憧れていた場所に立っている。僕たちIRFは鈴鹿8耐を見ている人たちにとても近い存在です。今年、新入社員300人が研修でやってきますが、そんな彼らに"ライダーとして走りたい"とか、"チーム員として一緒に戦いたい"思ってもらえるきっかけになる存在になりたい」と目を輝かせた。
2回目となる高居選手は、心境の変化をあげた。「250cc(YZF-R25)、600ccc(YZF-R6)の頃はただ走りたい、タイムアップしたい、国際ライセンスを取りたい、結果を出したいという自分の欲求を満たすために走ってきました。ところが1,000cc(YZF-R1)にステップアップしてからは、乗せてもらっているという感覚がすごい強くなって、自分のためではなくチームのためにという思いが強くなってきました。特に8耐ではチームとしての成長を表現したい、貢献したいと思うようになってきたのです」
テストに参加するライダーを含め数名は、現場で鈴鹿8耐の始まりを実感しているが、サポートメンバーは会社で仕事をしているのでなかなかその実感が湧きにくい。そこで高居選手は、「運営的な部分になりますが、走行テストの内容や結果をみんなに共有して、現場と一緒の気持ちになってもらうことも今のIRFのライダーにとっての重要な役割だと考えています。共有することでノントラブル完走や周回数の更新といったチームの目標に向かって全員ができる限り同じ気持ちで取り組めるように心がけています」と、チームの下支えにも力を注いでいる。
そしてこのチームを思う心持ちが次なる目標へとつながっていく。「今年はヤマハ発動機の代表としてファクトリーチームが出場しますが、私たちIRFはレースに挑戦したい従業員の代表です。レースに関わりたいと思ったら入れるし、サーキットで走りたいと思ったら走ることができる場所であり、ヤマハの従業員はその気になれば鈴鹿8耐に挑戦できる機会を手に入れられるんだという視点でもIRFを見ていただけたらと思っています」
チームリーダーの遠藤選手は、世代交代が進んだチームに新しい役割を持たせようとしている。「時代が変わり、世代が変わりIRFの活動も多少なり形を変えていく必要があると考えています。従業員が自社製品を使って全力で何かに取り組んでいる姿を見て、IRFやサーキット走行に興味を持ってもらって、社内外でレースの裾野を広げる活動であることは変わりません。
しかし、この活動を知ってもらうだけで満足してはならないと思っています。近年はMC開発だけでなく、マーケティング、ロボティクスなどさまざまな部署の方々にご協力いただいていますが、我々車両実験部だけでなく、社内のいろんな部署から鈴鹿8耐での体験が業務に活きるような人財が集まり、それぞれが自らの部署、仕事に何かを還元できる活動になったらいいなと思っています」
例えば車体作り、「僕は、社内で協力をもらいながら、自分たちで作ったオリジナルの部品を使って車両を作り上げるということを本当はやってみたいです。そこに若いエンジニアに関わってもらうことで、単にR1の戦闘力を高めるだけでなく、結果的には皆の技術力アップや経験の蓄積につながっていけばと思っています」と熱を込める。
実際に実験部では、鈴鹿8耐を走る実験室として、昨年に続きフロントフォークについてカヤバ株式会社と量産車につながる新しいトライをしているが、人財の育成とともにこうした事例の拡大も模索しているのだ。
それぞれが会社のために、その先にいるお客様のためにこの活動を推し進めているIRFだが、それと同じくらい結果にもこだわっている。
遠藤選手がその計画を教えてくれた。「僕と高居は昨年のアベレージ2分17秒台からワンランク上げて、2分15秒台を目標にしています。そして服部は初の8耐なのでかなり高い要求になりますが2分17秒台としました。これを実現できれば、昨年記録した過去最高の206周を2周上回る208周を達成することができます」
モノづくりと同様、8耐に向ける姿勢は決して妥協することはない。
208周を走破し、ライダーとしてチームとして成長を示す戦いがまもなく始まる。