「青の真価」証明の時
数々のドラマを刻みながら、鈴鹿8耐は今年で40周年を迎える。だが、レースファンの胸に刻み込まれているドラマの多くは、表彰台の頂点をめざすチームにとって、まったく望んでいないものだ。
例えば、1985年。もう32年前の鈴鹿8耐が今も鈴鹿8耐ファンに鮮烈に記憶されているのは、残り32分で平忠彦さんがマシンを止めたからだ。あのマシントラブルは、まさにドラマチックだった。
そして5年後、1990年に平さんが優勝を果たすまでの大いなる布石にもなった。しかしチームとしては、フィニッシュ直前で勝利を取りこぼすという由々しき事態でしかなかった。
何事も起きないこと。何かが起きても想定内であること。これが鈴鹿8耐で勝つための前提条件なのだ。ドラマチックであってはならない。淡々とした平穏を、しかも恐ろしく高いレベルで保ち続けなければならない。燃費、バックマーカー、路面や天候。さまざまな状況をできる限り事前に想定し、綿密にプログラムを組み、それを冷静に遂行していく、という極めて精緻な戦いだ。
今年、ヤマハはふたつのファクトリーチームを編成している。ひとつは#21 YAMAHA FACTORY RACING TEAM、もうひとつは#7 YART Yamaha Official EWC Teamだ。28日(金)のナイトプラクティスで#7 マービン・フリッツが転倒を喫したものの、まったく大過なく決勝レースを迎えようとしている。チームは一丸となって上だけを見据え続けているが、外から見える端的なドラマチックさはない。安定を極めながら、実にフラットなレースウィークが進行している。
高次元の平穏が唯一破られる走行セッションが、TOP10 TRIALだ。ここは、ここだけは、純粋に速さを見せつければいい。レーシングライダーが持てる力をフルに発揮して、思い切りよくスロットルを開けていける1周だ。チームの調和を何よりも重視する鈴鹿8耐にあって、ライダーが個の輝きを存分に披露する晴れ舞台である。
TOP10 TRIALでヤマハYZF-R1のポテンシャルを解放したのは、#21 YAMAHA FACTORY RACING TEAMの中須賀克行選手とアレックス・ローズ選手、#7 YART Yamaha Official EWC Teamのブロック・パークス選手、野左根航汰選手の4人だ。ヤマハの選手内では、野左根、パークス、中須賀、そしてローズの順での出走となった。
野左根選手は、いかにもアグレッシブだ。ブレーキングでは内足を大きく出し、体も大胆にイン側に落とし、ヒジを擦りながらのライディングだ。「気合い」という言葉をライディングで表現した彼は、2'08.481だった。同チームのブロック選手は、同じYZF-R1とは思えないほどスムーズだ。無駄な挙動を一切感じさせない滑らかさで2'07.634をマークすると、TOP10 TRIAL最初のグループのトップに立った。
中須賀選手は、アウトラップで前走者が転倒する姿を横目にしていた。それでも集中は途切れない。例年に比べて気負いが感じられず、恐ろしくスムーズだ。「今までは大トリで走って、緊張してたんですよ。今回はのびのびと走れた」と中須賀選手。序盤は暫定トップに対してコンマ1秒ほど短縮しながら、コース後半になると一気にタイムアップし、記録は2'06.038。チェッカーを受けると、「よくやったな!」とでも言うように軽くポンポンとYZF-R1のタンクを叩いた。
最終走者として鈴鹿サーキットを駆けたローズ選手は、序盤で中須賀選手のタイムを上回っていた。ピットで見守る中須賀選手も、思わずビッグスマイルで拍手だ。「本音でうれしかったんですよ!」と中須賀選手。「同じR1でも乗り方によってこんなに違うのかって、勉強にもなりましたしね」。シケインではコースオフぎりぎりまでYZF-R1を攻め立てる。「もちろん中須賀サンのタイムを破るつもりだったよ」とローズ選手。しかし最後のシケインでわずかにタイムロスし、2'06.225。中須賀選手に次ぐ2番手タイムとなり、残念がりながらも「あくまでも目標は決勝レースで勝つことだからね」と笑った。
こうして、#21 YAMAHA FACTORY RACING TEAMが3年連続でポールポジションを獲得した。#7 YART Yamaha Official EWC Teamは6番手グリッドを獲得。ヤマハファクトリーの2チームは、大過なく土曜日までのプログラムをこなしたことになる。各チームのライダーとも、「やるべきことさえやれば、結果は自ずとついてくる」と口を揃えている。特に3連覇がかかっているヤマハファクトリーチームには大きな注目が集まっているが、チーム内はあくまでも落ち着いており、必要以上の重圧も浮かれたムードも感じられない。「いつもの、勝つべきレース」に向けてのほどよい緊張感だけがある。
冷静と平静の象徴であるブルーに彩られたヤマハ・ファクトリーのピット。明日午前11時半、鈴鹿8耐の決勝スタートとともに、スローガンである「青の真価」を文字通りに発揮する。