YAMAHA FACTORY RACING TEAM、3連覇へ</br>青く、静かに輝く揺るぎない団結と自信
YAMAHA FACTORY RACING TEAMのピットは、例年以上に平静だ。無風の湖面のように、波もなく、揺れもなく、ひたすらに落ち着いている。クールなブルーがこれほど似合うチームもない。
他チームが走行していないプライベートテストの時などは、まったく無音の時間さえあった。囁き声すらなく、ごくたまにメカニック作業で金属同士が触れ合う冷たい音が響くだけだった。
だが、ピットに流れる空気は、必要以上に張り詰めているというわけではなかった。しばらく経つと、そよ風によって湖面がわずかに波打つように、人々の穏やかな語り合いが聞こえてくる。やがてふっつりとそれも消え、メインストレートをYZF-R1が駆け抜ける時、力強いエキゾーストノートだけが轟いた。
この静けさの源を「圧倒的自信」というと、少し大げさかもしれない。レースである限り、絶対の確信を持って楽観的に戦いに臨むことはない。ライバルなのか、自分たち自身なのか、環境なのか、いずれにしてもレースには必ず相手がいて、いつ、何が起きてもおかしくないからだ。いかに胸を張っていても、本音の部分では起こり得る不確定要素に対して緊張を解くことはない。それでも、YAMAHA FACTORY RACING TEAMを包み込む静かな空気には、自信としか言いようがない明るさがみなぎっているのだ。
レースには「勝利の方程式」というものがある。勝ち方、あるいは勝ちパターンとも言える、方程式が。そして2015年、2016年と2連覇を成し遂げているYAMAHA FACTORY RACING TEAMは、最新の鈴鹿8耐における勝利の方程式をもっとも熟知している精鋭たちだ。明るく静かな自信は、実績によって織りなされているのだ。
ライダーのラインナップは、毎年変更されている。中須賀克行選手を不動のエースとして据え、2015年はポル・エスパルガロ選手とブラッドリー・スミス選手が、2016年はエスパルガロ選手とアレックス・ローズ選手が、中須賀選手のよきチームメイトとして勝利に貢献した。
そして今年は、去年に引き続いての参戦となるローズ選手、そして新たにマイケル・ファン・デル・マーク選手を迎える。チームにとっては「ニューカマー」だが、ファン・デル・マーク選手は鈴鹿8耐での優勝経験がある実力者だ。
3人は、表彰台の頂点からの眺めを知っている。大きなうねりとなって押し寄せる観客の歓声が、自分たちに向けられた時の喜びが、何物にも代え難いものであることを知っている。ローズ選手は、「決して忘れることのない、一生の思い出」と言った。そして、そこに立つことができるたったひとつのチームになることがいかに難しいかも、彼らはよく知っている──。
ライダーたち3人に鈴鹿8耐で勝つために何が必要かを尋ねると、「コンスタントに走ること」と口を揃える。ただし、コンスタントに走るために、ペースを落とすわけではない。ハイペースを維持することを指して「コンスタント」と表している。
ローズ選手は、鈴鹿8耐の参戦者に求められるコンスタントさについて語る。「大事なのは、8時間の長時間にわたって集中力を維持し続けることだ」とイギリス人のローズ選手は言う。「僕たちライダーだけじゃなく、メカニックを始めとするチームスタッフ全員が集中し続けなければならない。ライダーとしても、スプリントレースとはまったく違うということを理解する必要があるんだ。マシンのコンディション、燃料、バックマーカー(周回遅れ)、鈴鹿8耐では本当に多くのことに気を使わなくちゃいけないからね」
そしてローズ選手は、自分の長所は鈴鹿8耐に勝つために役立つと考えている。「1、2周だけなら僕より速く走れるライダーはいるだろう。でも僕は、安定して速いペースで走ることができる。自分の強みと鈴鹿8耐の特徴が、うまくマッチしていると思うんだ」。淡々とした口調の中に、強い自信がにじむ。
今年チームに加入したファン・デル・マーク選手は、ジェントルなオランダ人だ。彼は「今まではライバルとしてヤマハと戦ってきたから、不思議な感じがするよ」と静かに微笑む。「YZF-R1にはいつも興味があったんだ。『どんなマシンなんだろう?』って。今年はR1を走らせることができて、とてもハッピーだ」
そしてファン・デル・マーク選手は、「鈴鹿8耐を戦ううえで、R1のハンドリングは非常に強力な武器だね」と説明する。「R1のハンドリングは本当に優れていて、ライダーは思いのままにコーナリングができる。特に鈴鹿サーキットとの相性は非常によくて、狙った通りのラインを走れるんだ。つまり、ライダーはリラックスしながらR1を操ることができるから、疲れにくい。考えてみてほしいんだけど、僕たちは暑い中を1時間も走るんだよ? イージーに走れるなら、これほど頼りになることもない。R1のハンドリングは、鈴鹿8耐はもちろん、僕がふだん参戦しているスーパーバイク世界選手権でも大いに有効なんだ」
そして、イギリス人で26歳のローズ選手も、オランダ人で24歳のファン・デル・マーク選手も、35歳の日本人・中須賀克行選手への敬意を口にする。ローズ選手は、「中須賀サンとは去年の鈴鹿8耐参戦で友達になったんだ。彼の全日本の戦いぶりはいつもインターネットでチェックしてるよ」と笑い、ファン・デル・マーク選手は「誰もが知ってることだけど、中須賀サンはとても速いし、特にR1に関して豊富な経験を持っている。僕たちは中須賀サンからたくさんのことを学んでいるんだ。一緒に決勝を戦うのが待ち遠しいよ」と言う。
ふたりの心からの尊敬を集めている当の中須賀選手は、今シーズンの全日本ロードJSB1000で辛酸を舐めた。2012年から5年連続で全日本最高峰クラスのタイトルを獲得し続けていた中須賀選手だが、今季は開幕戦から2戦連続でリタイア。続くツインリンクもてぎ大会でもトップを独走しながら最終ラップで周回遅れと接触、転倒し、再スタートを切ったものの9位に終わった。
鈴鹿8耐では2連覇、全日本ロードでは5連覇を達成している中須賀選手の、まさかの乱調。しかしネットでそのことを知ったローズ選手は「レースだからね。そういうこともあるよ。彼の強さや速さは少しも変わっていない。ただ不運だっただけだ」と意に介さなかった。その言葉は、オートポリス大会で悪天候による難コンディションのレースを制し、表彰台の頂点に復活した中須賀選手の姿によって、事実だと証明された。
中須賀選手は、「勝つことの意味や難しさを、改めて思い知らされました」と全日本ロードを振り返る。「自分がいかに勝ちたいと思っているかもね。でも、鈴鹿8耐直前のオートポリスで勝ったことで、落ち着いた気持ちで鈴鹿8耐に臨むことができます。いい流れじゃないかな」
鈴鹿8耐では2連覇しており、いわばディフェンディングチャンピオンとして3連覇に挑むことになるが、「連覇はあまり意識してません。目的は、目の前にあるひとつの重要なレースに勝つこと。守りに入るつもりはないし、自分たちに大きなアドバンテージがあるとも思っていない。気分は毎年チャレンジャーです」と言った。「勝つためにはライダー各々が力を出し切って、団結して戦うことが1番大事。お互いの信頼関係が絶対に必要なんです」
信頼。それは、いわゆる絆のようなマインドの話だけではない。耐久レースに勝つための戦略として不可欠な要素だ。中須賀選手は、こう説明する。
「3人のうちひとりでもタイム的に劣っていると、『アイツの分も頑張らなくちゃ』と余計な力が入ってしまう。そういう焦りが、不確定要素を呼び寄せてしまうんです。だから、3人が同じようなタイムで走れることが理想。それなら例え誰かが多少のミスをしたり、バックマーカーに引っかかってタイムロスをしても、誰かが取り返してくれる。だからチーム全体としては細かいことで慌てることなく、安定したペースを守ることができる。ここ2年間は、そういうレースができていました。『圧勝』とか『完勝』とか言われたけど、決してそんなことはない。やっぱり小さなトラブルはあった。でもライダーの実力が拮抗しているから、焦る必要がなかったんです。そして今年も、同じように落ち着いたレースができそうです」
初めて鈴鹿8耐に勝った2015年を機に、中須賀選手自身も大きく変わったと言う。 「それまでは、どうしても『自分が、自分が』という抑えられない気持ちがあった。でも、勝ったことで全員が団結することの重要性を知ったんです。みんなで協力し合うことが、勝利につながるってことをね」
今年のチームメイト、ファン・デル・マーク選手は長身で手足が長い。3人で同じマシンを走らせるため、ライディングポジション合わせは妥協せざるを得ない。マシン操作にあたって非常に重要かつ繊細で、ライダー個々人が大いにこだわるポイントであるポジションに関しても、エースの中須賀選手が歩み寄っているのだ。
吉川和多留監督は、「3連覇は何として獲りたい。2連覇があってこその3連覇ですからね。めったにないことですから、記録には挑戦しますよ!」と意欲的だ。しかし、熱い意気込みとは裏腹に、勝つためには冷静さが必要だということも熟知している。
「どしっと構えつつ、勝負を仕掛けていきたいですね」と吉川監督。「鈴鹿8耐は、いろんな要素が絡む複雑で難しいレース。勝利を呼び寄せるのは、自信から来るほんのちょっとのゆとりなんです。とっさの時に慌てずに待つことができるかどうか。それが勝負の分かれ目なんですよ」
無風の湖面のように、ひたすらに落ち着いているYAMAHA FACTORY RACING TEAMのピット。7月30日午後7時30分、鈴鹿8耐がフィニッシュを迎えるとき、そこに吹き込むのは爽やかな勝利の風だ。