本文へ進みます
サイト内検索

Interview

中須賀克行

決して守らず、攻め続けよ

「真夏の祭典」と称される日本最大のモーターサイクルレースイベント、鈴鹿8耐は、言うまでもなくただのお祭りではない。れっきとしたスポーツだ。

灼熱の陽光が容赦なくライダーに襲いかかる。火照ったアスファルト。熱を発するエンジン。過酷な暑さの中、レザースーツを着込み、ヘルメットをかぶり、体を大きく左右させながら超高速で走るマシンをコントロールするのは、並大抵のことではない。しかも、高い集中力を維持したまま。

風を受けて走るとはいえ、風そのものが高熱を帯びているのだ。約1時間近くにも及ぶスティントを終えたライダーは、大汗をかき、顔は紅潮している。中には足元がふらつき、スタッフに抱えられるようにしてマシンから降りるライダーもいる。ビニールプールに飛び込んで体を冷やしても追いつかない。

フィジカルも、メンタルも、鈴鹿8耐で勝つためにはアスリートとしての資質が問われる。YAMAHA FACTORY RACING TEAMの中須賀克行は、このようにハードなレースで4連覇を果たしている。

ヤマハの連勝がはじまった4年前の2015年、中須賀は33歳だった。1990年、平忠彦がTECH21カラーの「YZF750」を走らせ、悲願の8耐優勝を果たした時とちょうど同じ年齢だ。

それから4年、37歳になった今も、中須賀は鈴鹿8耐の頂点の座を守り続けている。そして鈴鹿8耐5連覇がかかった今年も、モチベーションとフィジカルコンディションを高め続けているのだ。

「まだまだ自分には伸びしろがあると信じています」と、日本で最強とも称される中須賀は言う。

「そう思えなくなった時は、現役を退く時だと思う。僕は常に進化し続けていますし、誰にも負けていないという気持ちもある。ファクトリーマシンのシートを明け渡すつもりはまだありません」

きっぱりとそう言い切れるのは、彼には、レーシングライダーとしてやるべきことをきっちりとやっている、という自負があるからだ。

自分の体作り。ライディングスキルの向上。マシンのセットアップ。チームメイトやチームスタッフとのリレーションシップ構築。やるべきことは多いが、中須賀はそのひとつひとつを丹念にこなしていく。

昨年は、土曜日朝のフリー走行で転倒して負傷。以降の走行をキャンセルすることとなった。エースライダーが走らない、決勝。最大級ともいえるネガティブファクターが発生しながらも、チームは決して浮き足立つことがなかった。マイケル・ファン・デル・マークとアレックス・ローズの、速く、ステディなライディングにより、連覇を守り抜いたのだ。

中須賀は、チームメイトたちのサポート役として決勝に臨んだ。「自分が今まで、(吉川)和多留さんをはじめ、多くの人たちにやってもらって助かっていたこと、うれしかったことを、彼らにもしてあげるように心がけました。彼らが連覇という最高の成果をつなげてくれたことには、心から感謝してます」

そして中須賀は、決勝を走らないという1歩引いた立場から鈴鹿8耐を体験して、多くのことに気付いたと言う。

「たくさんのスタッフたちや、裏方として働いてくださっている人たちの動きを改めて見ることができました。そうやって全体の動きを知って、“ああ、誰ひとり欠けてもレースは勝てないんだな”と実感したんです。全員が同じ目標に向かってひとつにならない限り、鈴鹿8耐での勝利はあり得ない」

そして中須賀は、「こんな言い方をするのは変かもしれませんが……」と笑った。

「僕は去年、ケガをしてよかったとさえ思ってるんです。人として成長できたかなって」

もちろん、今までも周囲のサポートを十分に意識していたし、感謝もしていた。だが、欠場したことで冷静に俯瞰できた去年、その大切さに改めて気付かされたのだ。

「ずっと勝ち続けてると、見落としがちなことかもしれません。自分ではそんなつもりがなくても、ついね。去年、僕は決勝を走れなかったけど、初心に返ることはできた。ああいう経験も時には大事なんだなと」

優勝の歓喜に沸くチームスタッフたちの渦の中で、中須賀は「みんなが自分のやるべきことをきっちりやっているからこそ、こうやって喜び合えるんだな……」と思っていた。

今年は、今まで以上に入念な準備をしている。チームメイトに何かがあったとしても、自分に可能な限りのフォローをするつもりだ。去年自分がそうしてもらったことで、表彰台の頂点に立てたように。

実際、ファン・デル・マークがスーパーバイク世界選手権で転倒し、負傷した。幸い順調に回復しつつあるが、不確定要素となったことは確かだ。だが中須賀は、「何がどうなっても大丈夫。もちろんマイケルと一緒にまた表彰台のてっぺんに立ちたいし、そのためにも彼が違和感なく走れるようにマシンを作り込みたい」と動じない。

TECH21カラーをまとうことに、いい意味でのプレッシャーと誇りを感じ、さらにモチベーションを高めている。

「僕自身はまだレースのことがよく分かっていなかった時代の話ですが、諸先輩方の功績と歴史の重みを感じています。ファンの皆さんの反響も大きい。期待に応えられるように頑張りたいですね」

勝ち続けることこそが自分の存在価値だ、と中須賀は言う。勝ち続けようとする強い意志が、彼を突き動かすエネルギーになっている。

「連覇ということは、実はあまり意識していません。僕は、今年の8耐を勝ちたい。守ることより、勝つことにこだわりたいんです」

イギリス人のチームメイト、ローズはTECH21カラーを「Baby Blue」と呼んだ。そう言われてみれば、あの独特な淡いカラーリングは、ヤマハ伝統のレーシングブルーの出発点のようにも見えてくる。

常に、フレッシュな心持ちで戦いに臨め。常に、目の前のレースを勝つことに貪欲であれ。決して守らず、攻め続けよ。“Baby Blue”は、鈴鹿8耐というスポーツに挑む、ヤマハレーシングマインドの象徴なのだ。

ページ
先頭へ