爽やかに颯爽と
ヤマハファクトリーレーシングチームのピットには、爽やかな風が吹いていた。実際の風のことではない。心地よい空気が漂っていたのだ。ピット内の空気はクリアに澄んでいて、気温よりもずっと快適に感じられた。
「いい雰囲気」としか言いようがない。チームスタッフも、もちろんレーシングライダーも真剣だ。鈴鹿8耐5連覇に向けて、入念な準備に取り組んでいる。レーシングシーンにふさわしい緊張感はあるものの、そこかしこから余裕が窺えた。
もっともリラックスした空気が流れていたのは、ふたりのライダー、中須賀克行とアレックス・ローズが並んで座る場所だった。
ローズと中須賀が、ピットで必要以上の無駄話をすることはない。だが、短い英語のやりとりの後には、たいてい笑いがある。お互いの肩をポンポンと叩き合うシーンがある。
「僕はレースを楽しんでるんだ」と、ヤマハファクトリーで4回目の鈴鹿8耐に挑むローズ。「レーシングライダーになることは、子どもの頃の夢だった。それが叶ったうえに、こうして最高のチームの一員として、世界のトップカテゴリーで戦っているライダーたちが集う最高のレースを走れる。そりゃあファンタスティックだよ」と笑う。
華やかに見えるレースだが、その影には辛さも苦しさも悩みもある。ローズはそれらすべてを引っくるめて楽しもうとしているのだ。「サイン会もインタビューも旅することも楽しいんだ」と、28歳のイギリス人は朗らかだ。
「僕がふだん戦っているスーパーバイク世界選手権は、自分だけのマシンをひとりで使う。それでもパーフェクトなセッティングに至ることはほとんどないし、限られた時間の中で妥協しなくちゃならないこともある。鈴鹿8耐は、1台のマシンを複数のライダーで走らせるんだからね。考え方をさらに切り替える必要がある。自分のことを優先するのではなく、チーム全体にとって最良のソリューションを見つけるんだ。
みんなで一丸となって同じ目標に立ち向かった時に、いい結果が得られるのが鈴鹿8耐だからね。僕はチームプレーも心から楽しんでるよ。ふだん身近なライバルであるマイケル(ファン・デル・マーク)とタッグを組むんだよ? 楽しいに決まってる(笑)。
それに今年はTECH21というヤマハの伝統と歴史のあるカラーリングをまとって走るんだ。誇りに思うよ」
昨年は中須賀が決勝前日のフリー走行で転倒。ローズとファン・デル・マークのふたりで8時間を走り切り、優勝をもぎ取った。
「中須賀さんはすごく自分を責めていた。でも、僕はまったく気にしていなかった。100%を尽くしながらレースをしている限りは避けられないことだからね。むしろ“絶対に勝つ"という思いを強くしたよ。
それに、人は誰だってミスをする。僕だってそうだ。ミスから学び、次に繋げていけばいい。
ただ、中須賀さんがいてくれた方がいいレースができるのは間違いない(笑)。今年はマイケルがスーパーバイク世界選手権で転倒してケガしてるけど、復調に期待してる。またこの3人で鈴鹿8耐を戦いたいんだ」
楽しむことは、リラックスにつながる。そしてリラックスは、モーターサイクルレーシングにおいて大いにプラスに働く。そのことを熟知しているローズは、ピットでも意識して明るく振る舞う。緊張とくつろぎのメリハリをつけながら、時には硬くなりがちな中須賀の肩を優しく叩くのだ。
ヤマハの鈴鹿8耐5連覇が懸かっている今年も、彼のスタイルは変わらない。
「毎年ライバルはどんどん強くなってくるけど、僕たちは勝ってきた。でも、今年は今年。去年のことは忘れて、ゼロからのまったく新しい戦いに挑むよ」とローズ。
「一生懸命取り組むこと、常にポジティブであること、自信を持つこと、そして、楽しむこと。それができれば、僕たちはきっと勝てると信じてるんだ」
彼があげた4つの要素は、合同テスト中のYAMAHA FACTORY RACING TEAMのピット内に確実に満ちていた。迷いもぶれもない。やるべきことは明確だ。だからピットの空気は爽やかとしか言いようがないほどクリアで、風通しがいい。