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<strong>完璧なる制御 </strong><br><small>19年ぶりのヤマハ鈴鹿8耐勝利は「速さ」だけの成果ではない。 <br>それを完全にコントロールする「強さ」が呼び寄せたのだ──。</small>

すべてが、この瞬間のための布石だった──

全日本ロードレースの常勝ライダーになりながらも、ストイックに自らの走りを磨き上げてきた中須賀克行選手。

24歳らしく、あふれんばかりの勢いがありながらも、鈴鹿8耐というレースの特殊性と、自分たちの役割を深く理解していたMotoGPライダー、ポル・エスパルガロ選手とブラッドリー・スミス選手。

ファクトリー体制で固められた最高のチーム。そして、サーキットパフォーマンスを一気に高めた「次世代スーパースポーツ」、新型YZF-R1。 すべてが、ただ1点 ──鈴鹿8耐表彰台の頂点── に向かうために、ひとつとして欠かすことのできない要素だった。

スミス選手が、トップでチェッカーを受ける。ライダーが、チームが、それまでの多大なプレッシャーから解き放たれて、歓びを爆発させる。充実感に満ちた誇らしげな笑顔が、そしてあちこちでのハグと握手が、カメラのフラッシュの中で弾ける。

ヤマハが勝利を挙げられずにいた19年の長き月日でさえも、すべて今日、この瞬間、2015年7月26日午後7時30分のためにあった。

予感は、事前テストからあった。MotoGPライダーのふたりは圧巻の速さを見せつけ、もちろん中須賀選手も「日本最速の男」にふさわしい走りで、それに応えた。だが、鈴鹿8耐は言うまでもなく、耐久レースだ。あまりの速さは長丁場の耐久レースでは諸刃の刃であり、さまざまな意味でのリスクを高める。速い。けれど、レースでは何が起こるかわからない。事前テストで披露した速さは、大きな期待とともに、同じぐらい大きな不安を呼んだ。

その凄まじいばかりの勢いは、土曜日のトップ10トライアルまで続いた。2分6秒000という驚異的なタイムをマークしたのは、エスパルガロ選手だ。現役MotoGPライダーならではのキレのよいライディングと、彼の操作に見事に追従するYZF-R1の「競演」は、サーキット中を完全に魅了した。

中須賀選手も意地を見せ、2分6秒059で自己ベスト記録を更新。「ヤマハファクトリーレーシングチームは速い」という前評判を、ふたりの圧倒的なタイムで実証してみせた。

驚きに沸き立つサーキットの熱狂をよそに、3人のライダーたちはいたって冷静だった。

エスパルガロ選手は、ポールポジション獲得を素直に喜びながらも、いつもの無邪気な笑顔のまま、「予選は予選。明日の決勝に向けて、3人のペースがそろって速いことの方が、よっぽど大事だと思っているよ」と語った。

トップ10トライアル出場はならなかったものの、各走行セッションでは常にエスパルガロ、中須賀の両選手と同レベルのタイムをマークしていたスミス選手も、「トップ10トライアルは1周だけど、決勝は200周以上。何が起こるか分からないし、まったく別のものだと思ってる」と気を引き締めた。

そして中須賀選手は、「最終目標は明日の本戦で優勝すること。改めて気持ちを引き締めて、3人のライダー、そしてチームが結束して最高のパフォーマンスを発揮したい」と、チーム内でもっとも鈴鹿8耐の経験があるライダーとして、決して歓喜におぼれることはなかった。

11時30分に決勝レースがスタートしてほどなくすると、ヤマハファクトリーレーシングチームを取り巻いていた不安は少しずつ消えていき、代わりに、勝利への確信が大きくふくらんでいった。

スターティングライダーの中須賀選手は、エンジンがかからずに出遅れ、1周目を11番手で帰ってきた。そして、信じられない姿を見せた。

圧倒的な速さを有しているはずの中須賀+YZF-R1なのに、一向に身上である「鮮やかなパッシング」を見せなかったのだ。ライバルに追いついても、中須賀選手に焦る様子はまったくない。ひたひたと背後につけ、じっくりと動向を窺い、抜ける時に抜く、といった調子だった。

勝利を誰よりも渇望しているはずの中須賀選手だったが、スタートの出遅れにも精神的な乱れを微塵も感じさせずに、パフォーマンスを抑えに抑えている。けれど、その走りは力強い。着々と順位が上がる。14周目には3番手にまでポジションを挽回したが、それでも中須賀選手に先を急ぐ気配はない。淡々と、あくまでも淡々と、自らのペースを守り続ける。

ライバルが続々とピットイン作業に入る25周目、中須賀選手は入らない。鈴鹿8耐は燃費の勝負でもあって、下馬評では「YZF-R1の燃費はかなり厳しいのではないか」と言われていた。しかし中須賀選手は走り続ける。トップに立ってなお周回を続ける。ようやくピットインしたのは、ライバルより3周多い、28周目のことだった。

絶対に勝つという強い意志と、絶対に勝てるという強い確信。中須賀選手の1回目の走行には、その両方が凝縮されていた。

コース上のレーシングライダーは、時に、噴き出るアドレナリンを抑えることができず、オーバーペースが原因のトラブルを呼んでしまうことがある。情熱的であればあるほどリスクが高まるという罠が、モーターサイクルレーシングにはあるのだ。

しかし中須賀選手は、「速く走りたい」「速さを見せつけたい」というレーシングライダーの本能を抑え、勝つために必要なプログラムを着実にこなしたのだ。それができたのは、「このマシン、このチームなら絶対に勝てる」という確信があったからにほかならない。

それは、中須賀選手だけではなかった。スミス選手も、エスパルガロ選手も、時おりMotoGPライダーらしい鮮やかさを見せたものの、全体的には「着実」という言葉が似合う安定したな走りで、勝利を固めていった。

中須賀選手の2回目の走行は、1回目とは打って変わって伸びやかだった。2分9秒台という速いペースで周回を重ねながら、ライバルの転倒によって得たタイム差を、さらに大きく広げていく。速い。けれど危なげがない。

MotoGPライダーのエスパルガロ選手とブラッドリー選手は、40分少々のスプリントレースではエキスパートだが、耐久レースの経験がない。しかし彼らは、素晴らしい適応能力を見せる。暑い中、1時間近くの周回を重ね、数多くの周回遅れが前方をふさぎ、転倒が多発し、たびたびセーフティカーが入って集中力を削ぐ──。そんな難しい鈴鹿8耐の決勝に、彼らは平常心で立ち向かう。

予選ポールポジション獲得後に「目標はあくまでも決勝の優勝」と繰り返した彼らの言葉に、偽りはなかった。速さの誇示よりも、着実な勝利に重きを置いていることが明確に伝わってくる、抑えの効いた走りだった。

パーフェクトゲームを成し遂げそうなYAMAHA FACTORY RACING TEAMだったが、相手は難敵・鈴鹿8耐である。何事も起きないわけにはいかなかった。エスパルガロ選手の走行中、「セーフティカー活動中の追い越し」により、チームにペナルティが課せられたのだ。エスパルガロ選手の後、中須賀選手からバトンを受けていたスミス選手が、ペナルティを受けることとなった。

オフィシャルの指示に従ってピットインしたスミス選手は、ピットロード出口でじっと30秒待つ。その間にライバルの先行を許し、トップの座を奪われてしまう。

コースに復帰したスミス選手は、混雑するコースの中、2分9秒台前半のめざましいペースでライバルを追い上げる。瞬く間に追いつくと、しかし、すぐには抜かなかった。

相手がミスをして差が詰まっても、無理はしない。アウト側から、イン側からプレッシャーをかけながらも、「絶対に抜ける」という自信のもとに、じっくりと勝負どころを窺う。

そして129周目の1コーナーで、ライバルのイン側にYZF-R1をねじ込むと、スミス選手は再びトップを奪取した。ペナルティという不測の事態に遭っても、自信は揺るがず、落ち着きは失わなかった。午後5時を過ぎて、スミス選手はさらにペースを上げた。

日が傾き始め、影が長くなる。西日に照らされながら、エスパルガロ選手も速いペースで周回を続ける。間もなく午後6時になろうかというタイミングで、2分8秒台を軽やかにマークする。ライバルとの差は広がる一方だ。危なげない様子からすると、エスパルガロ選手にとって、決して無理をしているわけではなかった。

エスパルガロ選手からYZF-R1を受け取った中須賀選手は、ピットインのうちに先行していたライバルを瞬く間に捉え、西コースの二輪シケインでキレよくパッシングすると、「トップの座は絶対に渡さない」という意志を見せつけた。

タイミングモニターのもっとも高い所に、「21」というゼッケンが在り続ける。ライバルとの差は大きいが、中須賀選手は手綱を緩めていない。随所でブラックマークを残しながら、アグレッシブにコーナーを立ち上がって行く。残り1時間を切って、2分8秒台での走行だ。でもやはり、余裕がある。追い求めてきた勝利が、ついに目の前までやってきた。

午後7時4分。残り25分。シケインへの進入でリヤをキレイに流しながら2分9秒台をマークしている中須賀選手に、最後のピットインの指示が出された。リヤタイヤの交換と給油を順調に済ませると、スミス選手がピットアウトしていく。残り24分。

ヘアピンで大きなクラッシュが発生する。6度目のセーフティカーだ。まるでレース終了後のパレードランのように、ヘッドライトをきらめかせながら隊列が進む。スミス選手は、ライバルを半周リードした状態で、ペースカーがコースアウトしていく。残り8分。

1位スミスと2番手との差は、1分少々。周回遅れを、センチ単位のギリギリでパスしていく。しかし、最後まですべてを掌握し切っている。

速いだけでは、鈴鹿8耐に勝つことはできない。速さを自分のものにして、コントロールすること。それが勝利を呼び込む「強さ」となるのだ。中須賀、エスパルガロ、そしてスミスの3選手は、全員が高いレベルで、その強さを備えていた。

ヤマハにとって19年ぶりとなる鈴鹿8耐勝利のチェッカーフラッグを受けたスミス選手は、YZF-R1の上で力強いガッツポーズを繰り返した。エスパルガロ選手と中須賀選手は、抱き合いながら何度もジャンプした。

予選で圧倒的な速さを披露したエスパルガロ選手。決勝で献身と速さと安定をみせたスミス選手。過去の経験と悔しさをバネにして、ライダーのパワーをひとつにまとめ上げた中須賀選手。それに応えたYZF-R1のポテンシャルと、それを支えたチーム力。

体制は万全だった。しかし大切だったのは、全員が、やるべきことをやったということだ。すべてのベクトルがひとつになった時、重く、高かった頂点への道が開いた。

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