中須賀克行選手がチャンピオンを獲得した13シーズンを、当時の写真とともに振り返ります。


2005年、それまでのGP250からステップアップし、「SP忠男レーシングチーム」からJSB1000に参戦を開始。この年、ランキング12位となるが、2006年、当時のヤマハトップライダーであった中冨伸一選手がスーパーバイク世界選手権に参戦することが決定したことから、ヤマハトップチーム「YSP Racing Team sponsored by PRESTO Corporation」のライダーに抜擢された。
2006年は未勝利でランキング9位に終わったものの、現YAMAHA FACTORY RACING TEAMの吉川和多留監督を中心に、様々なサポートを受けながら力をつけ、2007年、地元九州の第4戦オートポリスで念願の初優勝を遂げた。この年の12月にはヤマハ発動機のMotoGPマシン「YZR-M1」に初試乗し、これを起点に「YZR-M1」の開発ライダーとしての地位を確立していった。
そして2008年以降は安定して上位に食い込む強さを身につけ、JSB1000参戦4年目にして初のチャンピオンを獲得。2009年は、「YSP Racing Team」のエースとして連覇を達成し、トップライダーへと上り詰めた。
2010-2011年はJSB1000のチャンピオンは逃したが、2011年には怪我をしたホルへ・ロレンソ選手の代役としてマレーシアGPでMotoGPデビュー。決勝はマルコ・シモンチェリ選手の事故によって中止となったが、続くバレンシアGPにも代役参戦し、決勝レースで6位入賞を果たした。
2012年は、初優勝と同じオートポリス(第7戦)で通算10勝目を達成するなど自己最多の年間4勝で2度目のチャンピオンを獲得。また同年、MotoGPの最終戦バレンシアGPに、今度はベン・スピース選手の代役として参戦し2位表彰台を達成している。なお、中須賀選手が表彰台に立って以降、2025年シーズンを終えた時点でMotoGPの表彰台に立った日本人ライダーは現れていない。その後も中須賀選手は2018年までMotoGP日本GPへの出場を続け、計10大会(マレーシアGPを含む)を走っている。
続く2013年に連覇を達成した中須賀選手は、さらに勝利を重ね2014年には、ヤマハライダーの平忠彦氏、藤原儀彦氏の最高峰クラス3連覇に並び、レジェンドの仲間入りを果たした。
さらにギアを上げたのが、「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」が復活し、相棒となる「YZF-R1」がフルモデルチェンジを果たした2015年。ファクトリー体制を力に躍動し、8レース中7勝を獲得する圧倒的な強さで先人を超える4連覇。2016年には9レースで6勝をあげ、自身の記録を塗り替える5連覇を達成し、異次元の領域に足を踏み入れた。
2017年は、年間最多となる5勝をマークするもランキング6位と低迷したが、YZF-R1誕生20周年を迎えた2018年には、12レースで自己最多となる8勝をあげタイトル奪還に成功。またこの年には、2015年からファクトリーチームで参戦していた鈴鹿8耐で、怪我により走行こそできなかったものの、ヤマハとして新記録、個人として4連覇を達成している。
続く2019年は、JSB1000での通算50勝をマークし9回目のチャンピオンを獲得。2020年は開幕戦で転倒・負傷もあり、シーズン1勝でランキング7位に終わったものの、40歳を迎える2021年は完全復活。開幕から一つの中止を挟んで5連勝と、圧倒的な強さで勝利を重ねた中須賀選手は、鈴鹿サーキットでの第53回MFJグランプリの2レースを勝利。ヤマハにとってWGP参戦60周年という記念すべきこの年に合わせるかのように通算60勝を達成し、1967年から54シーズン目となる全日本ロードレースにおいて数々の記録を打ち立てながら10回目のチャンピオンを決定。さらに残る2大会でも勝利を重ねた中須賀選手はシーズンを全勝(第3戦SUGOのレース1は濃霧のため中止)でシーズンを締め括ったのだ。
その後も衰える気配はなく、さらに強さは研ぎ澄まされていった。シーズン最多の13レースが組まれた2022年は、10回のポールポジションを獲得し全勝で11回目のチャンピオンへ。2023年は開幕4連勝で通算80勝を達成。第3戦のレース1でチームメイトの岡本裕生選手に敗れ、2021年の開幕戦からの連勝は27でストップしたが、プレッシャーからの解放もあり、その後は5連勝を重ね通算12回目のタイトル獲得に成功した。
2024年は開幕4連勝でスタートダッシュに成功したが、シーズン後半は岡本選手の成長もありランキング2位。そしてヤマハ発動機の創立70周年を迎えた2025年、全日本トップライダーが欧州メーカーの強力なマシンで参戦し戦いが激化するなか、中須賀選手は得意なSUGOやオートポリス、岡山国際で5勝、その他ではすべて2位という安定感で13回目のタイトル獲得し、70周年に華を添えた。
2005年以来、21シーズンで139大会・189レース(中止された6レースを除く/ヤマハ調べ)を戦ってきた中須賀選手。13回のチャンピオンと通算94勝、約5割の勝率とともに、高いレベルの心技体を維持し続け、さらに転倒などによる怪我を乗り越え(欠場は5レースのみ)参戦を続けてきたこともまた、中須賀選手の規格外の強さを象徴している。
中須賀選手の全日本に年間でエントリーをはじめたのが2000年から、以降2004年までをGP250で過ごし、2005年からJSB1000にエントリーしてきた。そして26シーズン目となる今年、45歳を迎えるにあたりラストイヤーとして引退を宣言。ライダーとしての区切りをつけるにあたり14回目のチャンピオン獲得を目指す。
中須賀選手が2005〜2025年のJSB1000参戦中に記録した様々なデータをまとめました。
※レース数の合計は中止を除いた数字です
中須賀選手が2007年の第4戦オートポリスで獲得したJSB1000初優勝から、2025年の第6戦岡山国際まで積み重ねた94勝を写真で振り返ります。